ヘリコプター操縦指南(7)
飛行限界(きわどい領域)
宮田 豊昭
ヘリコプターがフロントサイドで飛んでいるときは、あまり限界に近づくことはないけれど、バックサイドを飛ぶときはしょっちゅう限界を気にしてないといけない。パワーがきわどくなるからだ。
高く飛ぶときは、フロントサイドもバックサイドも妖しい。用心が要る。いつのまにか超過禁止速度に近づいているし、ホバリングにはパワーが足りないかも知れない。
いつの時代でもそうだが、妖しい世界は魅力的な世界である。男も女も、妖しい相手に引き込まれる。
ヘリコプターも似ている。そこができるかできないかが分かれ目だし、規を超えると命がない。ところが怖いもの見たさは人間の性だ。
ここからはダメですよとマニュアル(飛行規程)に書いてある。ダメは命に関わるが、忠告はおおむね耳に遠い。だがマニュアルをテレビの取扱説明書と同じに考えるなら、妖しい世界には近づかない方がいい。
ヘリコプターには失速がない。止まれもするし狭いところから離陸もできる。しかしそのためきわどいことが近いのだ。まあイイオンナは気難しい。すぐに機嫌が悪くなる。
エンジンとの付き合い
操縦装置(ピッチレバー、スティック、ラダー)を貫くカギはエンジンである。エンジンの馬力にユトリがあればワガママな操縦も許されるが、馬力がクリティカルになると細心な操縦が必要だ。
昔のことだが、操縦が巧いヤツはオンナにもモテると言われた。こまやかな心遣いが必要ということなのだ。ガサツな神経ではいけない。心遣いして先回りして、痒いところに手が届かなければならない。そして決して無理を強要しないことだ。
こんなブオトコが、と不思議がったらモテ方が分からぬ証拠なのである。
代人トランスミッション
さて馬力であるが、パイロットが利用できる馬力はエンジンでなく、実はトランスミッションの馬力なのだ。計器の表示もトランスミッションの馬力が規準になっている。そこのところを勘違いしてはいけない。
たとえばロビンソンR22ベータのパワー100%はトランスミッションの制限馬力131hpを意味する。搭載されているライカミングO-320-B2Cエンジンの160hpではない。差29hpは銀行預金と思わなくてはいけない。自分のものだが今手元には無い。
エンジン馬力は密度高度と共に落ちていく。レシプロエンジンでは略々密度の1.4乗で落ちる。
高度と共に性能が悪くなるのは困る。エンジンの馬力に落ちてもらいたくない。そこで飛行機はスーパーチャージャーを着けた。
ヘリコプターも真似してスーパーチャージャーを着けた時代もあったが、重くもなるし取り扱いに不便だ。それより大きなエンジンを取り付け、低くいところではトランスミッションに制限をつけておくほうが簡単である。制限の差はあたかもスーパーチャージャーのように機能する。
エンジンがタービンになったらもうこれしか方法がない。かくてエンジン馬力とトランスミッション馬力に差があるのが普通になった。
1960年代はエンジン馬力とトランスミッション馬力に差がないものが多かった。しかし高度が上がるとすぐカタログ性能が出せなくなる。クリティカルな運用をするヘリコプターでは嘘をつかれたようなものだ。いちいちマニュアルを引かなければその飛行ができるかどうか分からないのでは仕事にならない。
1960年代も後半になって、ヘリコプターとヘリコプターの飛行が分かるようになり、トランスミッションの馬力をエンジンの85%くらいにするのが常識になった。密度高度はほぼ4,800ftに相当する。ホットデイ(標準+20℃)で4,000ftくらいだろう。
しかしこれでも不十分らしく、今では67〜68%くらいのものもある。密度高度は10,000ftである。ちなみにベル206B3は75.5%で約7,000ft、ロビンソンのR22Bは77.5%で、6,000ftくらいまで神経を使わずに飛べるだろう。
機体の性能はエンジンだけでなくローターの揚力も減少するから、計算どおりでないにしても実用の範囲に納まっている。
エンジンとトランスミッションの関係でもう一つ注意しなければならないことがある。
エンジンの馬力は密度高度で替わるのだが、トランスミッションの馬力は強度で制限されているということだ。高度には関係がない。だからどうしたと聞かれても困るが、覚えていても損はない。
パワー誤差
レシプロエンジンの馬力はマニホールド・プレッシャー(吸気圧)と回転数で計る。比例するからだ。回転数が一定とすればマニホールド・プレッシャーが制御する対象になる。
しかし比例常数は新品とくたびれたエンジンが一緒と考えるのは早計である。しかも計る相手が空気だから柔らかい。常にパワーを変動させるときには注意が必要だ。
それと本当に馬力が出ているかは分かっていないと覚悟すべきだ。ベル47のVO-435では、オーバーホール出荷の時の誤差は15馬力であった。パイロットにとって、これは容易ならざる誤差である。
オーバーホール・ニューのエンジンでもあまり楽観的になってはいけないし、ましてやもうじきオーバーホールになるエンジンは、磨り減っていてマニュアルが保証する性能が出ないかも知れない。
その点タービンエンジンはパイロットに親切だ。直接トルクと回転数を計り、そのトルクも手軽にチェックすることができる。
実感的エンジン
パイロットにとって実感するエンジンの性格はレスポンスである。
ヘリコプターはリクワイヤード・パワー(必要馬力)を制御して、飛行機や自動車のようにアベイラブル・パワー(利用馬力)を直接制御するようにはいかない。ガバナーを介した間接制御なのである。たとえば、ピッチレバー上げ→ローター回転低下→ガバナー検知→燃量増大→ローター回転回復、となる。ひどくレスポンスが遅れるのだ。
これじゃたまらんと、アメリカのエンジンにはドループ・コンペンセーターという仕掛けを入れた。ピッチレバーにカムを通じて燃量の油道を直接制御しようという仕掛けだ。もちろん正確にはできないから、あくまでも近似で、微妙な差をガバナーに頼もうというのである。
最近のJFC(Jet Fuel Control)は電子的なホンモノのコンピューターだから容易に補正が出来てレスポンスが好くなった。ただし古いエンジンを積んだ機体も残っているし、JFCは身元調査をした方がいい。
レシプロエンジンは1軸である。回転はローターに歯車で繋がっているから、ローターの回転数を落とせば即馬力の低下になる。
しかしフリータービンの馬力はN1(コンプレッサータービン回転数)に大きく依存する。必要空気量が維持で機なければ馬力は落ちる。ローターに直結するN2(パワータービン回転数)はやや従だ。たとえばN2が98%に落ちても、N1が100%ならまだ頑張れる。
クリティカルになったとき、パイロットはまずN1を落とさぬようにしななければいけない。
ホバリング高度限界
速度でパワーが一杯になることはまずない。振動が酷くなってたまらぬ。パワーがクリティカルになるのはホバリングの時である。特に密度高度が高いときだ。
ホバリングはヘリコプターにとって離陸の必須要素だから、常に気に留めて置かなければいけない。うっかりしてホバリング出来なかったとは、ヘリコプター・パイロットの名折れである。下図はベル206B3のホバリング限界図だ。
性能表には似たような図があるが、条件事項を読まなくてはならない。
よほどのことがない限り、離着陸には地面効果外(OGE)でホバリングできる重量を選ぼう。使う図は「地面効果外」だ。更に条件を読むと、この性能表の地面効果外というのはスキッド高度が40ftであることが分かる。ローター直径は33.33ftだから納得がいく。
地面効果外の図は2枚あるが、温度によって違う。
普通は「0°〜46℃」の図だが、0℃以下でも条件には「防氷OFF」とある。もし防氷装置を使っていたら切るか、どうしても使わなければならないならホバリング限界は下がる。親切にも図には295lb(133.8kg)下げよと書いてある。
条件の最高温度が46℃ということは、運用限界が46℃ということである。ただし、外気温度より先に油温が先に限界に達するかも知れない。油断は出来ないのである。
電気的な負荷は22.3アンペアだ。かなり電気を使った状態だが、もしこれより多く負荷が掛かっているならホバリングはできない。
さて本題のホバリング限界である。区域Aと区域Bがあってホバリング出来る限界重量が違う。
区域Bは無風か、ホバリング安定に影響を及ぼす風が予測されない状態の重量であり、区域Aは気に食わない風が予測されるときの重量である。気に食わない風は図のような領域に吹く風だ。
点線で示される例は、外気温度20℃でホバリングする圧力高度(計器高度)が10,000ftのときのホバリング限界重量で、風が良ければ2,710lb、気に喰わない風なら2,460lbとなる。
飛行場ならいざ知らず、風の予測が入ってくると経験がものをいう。
上昇限度
上昇率が50fpmになる高度を実用上昇限度といい、上昇率が0fpmになる高度を絶対上昇限度という。
ヘリコプターがマニュアルで決める高度限界は想定する運用限界であって、これら性能限界とは違う。上昇や飛行ができないということではなく、それ以上の高度ではテストしてないというこうだ。
たいていの機種は20,000ftである。すなわちそれ以上の高度でヘリコプターを運用することはないだろうと思われている高度だ。日本やアメリカではいいが、アルプスやヒマラヤの頂上はどうなるのだろう。
速度限界
どんな機種でも、超過禁止速度(Vne)まで出してみるのを習性にしていた。好奇心が本音だが、機種によって違いがある。ベルの機種は振動が凄くなって、「ああVneが近い」と感じる。アエロスパシアルの機種はそれほどでもないから少し用心しなければならない。
前にも述べたが高高度ではVneにすぐなる畏れがある。音速近くで回っている前進側のローターは、高度と共に音速に近づき、音速は温度に比例して高度に反比例するから、限界速度を超えないよう制限されている。
ヘリコプターが他の航空機と決定的に違うのは後進したり横進できることである。しかし後進速度に限界がある。多くの機種が17ktになっているが、これは耐空性審査要領の最小リクワイヤメントなのだ。左右の横進速度も一緒である。
17ktは7.5m/sec。かなりの速度だが、見えないところへスピードを出して行ってはいけない。後ろには目がないのである。
ヘリコプターに失速は無いことになっているが、ローター回転数を落とせばブレードは失速する。どんなことがあっても回転を維持するゆえんだ。ヘリコプターの低回転は飛行機の失速と同義語なのである。
ライセンスを貰っていくらも経たない時だった。名古屋まで機体をフェリーするように言われた。命じたものの飛行課長は心配でたまらない。やたら無線で呼んでくる。
ところがそんなときに限って無線の具合が悪く、返事をするけど通じない。送信がアウトと気が付いた。マイクかもしれないので、サブ席のヘッドセットに換えよう。見ればセットは荷物の下になっている。
ピッチレバーのフリクションを締め、スティックを左手に持ち替えて、ヘッドセットを引きだそうと苦心惨憺である。
ややしてヒョイと回転計を見たら驚いた。レッドマークを遙かに切っている。レバーが上がってしまったのだ。
手を持ち替えた瞬間に失速が来た。機首が気味悪いほど上がり、心臓は喉元まで飛び出してくる。
咄嗟にピッチレバーを最低まで下げて左にバンクした。なぜ左にバンクしたかは分からない。ともかく躯が覚えていたアンユージュアル・リカバリーを打ったのだ。
回転が戻っても足が震えている。課長の声はキレル寸前だが、見回して土手を見付け、おもむろに着陸した。
深呼吸をして荷物の下からサブのヘッドセットを取り出し、かけ直して3,000ftまで昇った。無線の課長はもう必死である。やおら返事をしたら怒鳴ったり笑ったりが大変だ。
躯でヘリコプターにも失速はあると知った。これがベル47だったから良かったものの、他の機種だったらオーバーフラッピングし、テイルを切っていたかも知れない。クワバラ桑原。
マニュアルには書いてないが、もう一つ速度には限界があると思っている。有視界飛行の巡航速度の限界だ。
法にある1.5kmの視程は1sm(陸哩)だが、60mphなら1分、120mphでは30秒の距離だ。なぜこんな距離が選ばれたか、先人の涙と汗の結晶だと思う。訳もなく決まった距離ではなかろう。
障害を視認して回避する時間が、30秒ないし60秒ということだろう。その速度が、視界に応じた巡航速度の限界だと思っている。
智慧の蔵
マニュアルは前提を何も説明しない。ブッキラボーを絵に描いたようなものだ。何故そうなっているかを知るにはかなり勉強が必要だが、理屈抜きで信じれば足りる。ただバイブルやコーランのように、読んで心地良いというわけにいかないし、数字が多いのが玉に瑕だ。しかし智慧の蔵なのである。
<完>

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