
ロシア大統領専用ヘリコプター
モスクワのミル・ヘリコプター工場はロシア大統領専用機の注文を受けた。この要人輸送用ヘリコプターは、機内に大統領機にふさわしいキャビンを設けると共に、最新の通信手段を装備することになっている。
ミル・ヘリコプターは、Mi-8ヘリコプターが1972年9月17日に初飛行して丁度40年になった。企業としての活動は、ソ連邦が崩壊したのち軍用機の注文が減ってやや沈滞気味だが、最近は旧製造機の改修による近代化作業が主要な収入源となっている。
ミル・ヘリコプター工場はミハイル・ミル(1929〜1970年)によって戦後まもなく、1947年に設立された。そして優れた製品を次々と開発して、その地歩を固めた。
この半世紀間の製品数は3万機以上。世界のヘリコプターの3機に1機はミルであり、ヘリコプターの歴史はミルの歴史であると豪語する。この間の量産機種はミルMi-1、
Mi-2、 Mi-4、 Mi-6、 Mi-8、 Mi-10、 Mi-10K、 Mi-14、
Mi-17、 Mi-24、 Mi-26、
Mi-28、Mi-34、Mi-38といった多数の機種がある。しかも、それぞれに独自の特性を有する。
たとえばMi-12は1967年に飛んだが、総重量105トンで、ペイロード40トンの記録を持ち、以後これに太刀打ちできるヘリコプターは世界中に存在しない。
ミル・ヘリコプター工場が初めて量産した機種はMi-1であった。3人乗りの小型ピストン機で、連絡、訓練、偵察、救急救助、農薬散布などに使われた。1950〜65年の間に2,694機が製造された。
その後継機として設計されたMi-2は1965年から生産がはじまった。のちにポーランドのPZLスウィドニク社が受け継ぎ、総数5,440機を生産した。
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1952年にはMi-4が誕生し、3,852機が生産された。その用途は軍用と民間用に幅が広く、40種類の派生型がつくられ、34か国に輸出された。
ミル・ヘリコプター初のタービン機はMi-6大型機である。1959〜80年の間に926機が生産された。その後継機となったMi-26は1980年に登場し、280機以上が製造され、今も続いている。
1967〜75年の間にはMi-10が55機、Mi-10Kが19機製造された。
戦闘用のMi-24武装ヘリコプターは、約2,600機が生産された。参加した戦場はアフガニスタン、中東、アフリカ、中南米の諸国である。イラン・イラク戦争では撃墜されたMi-24と破砕した戦車の比率は1対16だったという。また空中戦では、54種類の軍用機と闘い、F-4ファンと無を撃墜したこともある。
Mi-28はMi-24の後継機である。
実用機として最も成功したのはMi-8である。派生型のMi-8MTやエンジン出力を強化した発達型Mi-17を合わせて12,000機以上が生産され、そのうち2,800機以上が輸出された。日本にも1機が輸入され、現在は所沢の航空博物館に展示されている。派生型のMi-14水陸両用機は273機が生産された。
冒頭のニュースにある大統領専用機が、ミル・ヘリコプターのどの機種になるかは書いてない。おそらくはMi-17を基本とするものではないかと思われるが、確かなことは分からない。
(DMB、2001.10.5)

(ミルMi-8ヘリコプター)
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