

実践的ヘリコプター航法


「くずす」基本は変形と省略だが、省略できないものまで省略してはいけない。航程線は省略してはいけない。そして海岸線は目に見え、頼りになる航程線の変形なのである。

反航してくる他機に御注意!

勝手な想像だが、深浦も吹浦も海の難所の脇にあって、避難する港であろう。そう思える。航空機ならさしずめオルタネートだ。
風帆船の昔は足も遅いし操船も容易でなかった。だからたとえば、鳴門は難所だったと思う。潮が急で渦が巻いているとき、運悪くさしかったらば難を逃れて潮待ちをしなければならない。その港が淡路の福良であったのだろう。
長い砂浜の海岸も難所だった。海が荒れたとき、風を避けることもできないし碇も降ろせない。波に打ちつけられて難破するか、さもなければ沖にさらわれる。遠州灘も鹿島灘も、駆け抜けなければならない難所なのだ。フクラはそういった浜の脇にもある。
深浦とか吹浦とか、風帆船の想いが伝わる地名だし、福良や福浦には難を避け得た安堵がある。
さて今は青森の深浦である。深浦の北には十三湖まで、七里長浜の砂丘が続いている。歌に名高い十三(トサ)の砂山だ。たとえ七里でも風帆船には遠かったにちがいない。
考古学ではこの辺りに発達した古代文明があって、さかんに交易していたという。縄文の昔の話だ。どんな船だったのだろうかと思う。まさか丸木船に帆を張って航海したのではないだろうが、構造船でも未熟な船だったろう。七里は遠かったに違いない。特に日本海は、船に優しくない。
しかしこの浜、ヘリコプターにとっては安堵の浜だ。どこにでも不時着ができる。風を避けるため土手を巡らした集落が点在し、ひどく淋しくはあるがほっとする。
当時はもし不時着したら、電話を探すには大変だろうが、まず命には別状無かろうと思う。航空局が行方不明と騒ぐにしても、あるいは散々油を絞られるにしても、命あっての物種だ。
今は携帯電話という涙が出そうな利器がある。そこら中がヘリコプターのフクラだ。
砂山を越えると十三湖に出る。浅い汽水湖で海とつながっている。古代は知らず今は淋しい風景だ。しばらくするとまた小さい半島があり、小泊の集落が崖に張り付いていて、そしていよいよ竜飛岬で陸が切れる。
不思量底思量
仏教用語で「考えられないことを考える」と言うことらしい。いささか抹香臭い言葉だが、パイロットにピタリだと思っている。
操縦桿は手が離せない
(2)草書の航法
ヘリコプターの操縦桿は手足が離せないと書くと異論があって、今どきのヘリコプターにはAFCSもGPSもある、などと言われるかもしれない。だが気軽に言うとパイロットの経験と力量が知れてしまう。
愛
もし雲があって、高度が取れないなら弧に近い航程線になる。視程が悪くても同じだ。高ければ直線が長くなる。
「次の次」がある。反航してくる他機だ。他機への配慮が無くなると、これまたパイロットとは言い難い。
雨の中、最上川を下っていた。時期は夏だったが、「五月雨をあつめてはやし最上川」など風流になって、なにげなく地峡の角を曲がった。
両岸に山が迫って緑が煙っている。突然細い雨から迷彩したH-13(ベル47)が飛び出して来てすれ違った。すれ違ったと思ったらもう雨の中に消えている。アブないアブない。
またこんなこともあった。北の太平洋岸である。初夏にシーフォッグがよく出る。シーフォッグの背は高くないが密で、まるでミルクの中を泳いでいるようだ。
「こんな日に飛んでいるヤツ奴は無いだろう」とタカを括っていたのが間違いで、霧の中からHSS-2(S-61)が飛び出してきた。心臓が跳ねたが相手も驚いたろう。互いに左へバンクしたが、後の祭りというものだ。
海岸線は誰でも飛びやすい。反航する他機はいるものと思わねばならぬ。互いに120ktで飛んでいれば10秒の彼方は1,200mである。視認して判断して回避するにも1,200mとか1,500mの向こうで発見してもおぼつかない。もっと視界が悪ければ甚だオソロシイことになる。
天気がいい日でも、僕は中途半端な高度で飛ぶ。750ftとか、1,250ft、1,750ftで飛ぶことにしていた。高度計の長針が横向きの高度である。
人はおかしなもので、中途半端は嫌いである。たいていの人は長針を上か下、1,000ftとか1,500ftで飛ぶから、見付けられなくても250ftの間合いが取れる。
「次の次」くらいまでは考えられる。天候や地形によって順位も考えられる。故障来歴によっては「次の次の次」まで考えられるかも知れない。しかしトラブルのモト全てを考えることはできない。だからせめて、考えられることは処置まで整頓しておくことだ。
「葉隠」に「大事の思案は軽くすべし」、とある。大事なことはたくさん無いから、常住坐臥考えておいて、少しの思案で対処できるということだ。海岸でエンジンが止まる想定はできている。
説明が長かったが、要は手が放せないからヘリコプター航法は草書になる。だが「くずす」のにデタラメはない。ましてや機械が頼りで草書も無いなんて、パイロット放棄をするようなものだ。
いま想定できる「最初」の具合悪いことは何で、次は何かと考える習性と決めている。「最初」は考えるが「次」は面倒くさくなり考えない。もっと横着をすると、状況で「最初」が変わるのだが、それさえ考えたくなくなってくる。そのときパイロットではなくなっているのだ。
天気の好い日に、高いところを水平直線で飛んでいるときは、エンジン停止が「最初」なのである。「エンジンが止まったら」という想定を忘れたらパイロットではない。天気が悪くなって、どこかで天気とエンジンが入れ替わる。「天気」の次が「エンジン」になる。
替わり目が経験のバロメーターなのだが、ともかくフシがあるのがパイロットだ。
秋田から能代にかけてと十三湖のほとりは、ゆるい弧を描いた海岸線である。「エンジンが止まったら」の用心で、不時着できる高度で針路を選べばいい。
海岸線航法
北海道は僕の縄張りで、毎月のように通った。
お盆を過ぎて秋風がたつと、日本海の空も海も、眉をひそめて愛想が悪くなる。冬にもなれば、毎日のように天地は暗く雪を飛ばして荒れ狂う。だから、よほどの天気でも通える道は海岸線なのだ。なるべくなら山道は辿りたくない。たとえ少し遠回りでも、僕のけもの道は海岸線を行く。ロストの心配が無いし低くも飛べ、天候に強い。

能代から五能線に沿う海岸は奇岩を連ね、ヘリコプターが着陸するには不便なところだ。山が海まで迫り、わずかな平地に集落がかたまっている。景色は素晴らしいのだが、できたらエンジンは機嫌良くしていてもらいたい。
岩館を過ぎてしばらくすると小さな半島がある。半島には小さな峠があって深浦の町へと曲がっていく。
日本の海岸には深浦とか吹浦という地名が多い。フカウラもしくはフクラと発音し、福良と書かれることもある。また福浦と書かれてい
ることもある。そしてそこには小さな港がある。決してたくさんの船が船泊まりできるような港ではない。
その昔、唐津の上空をピューマ(SA-330J)で幸せに飛んでいた。AFCS(自動操縦装置)を入れ軽く手足を添えている。掌にコンピューターが小さく速く操縦しているのが伝わってくる。
SA-330J ピューマ
さて平穏無事でタバコが吸いたくなった。手を放して火をつけ、横着に目を細める。途端に機首ががっくりと下がった。ガストにコンピューターが付いていけなくなり、水平安定板が失速したのだ。
操縦を機械に任せる横着がいけない。いくら最新式の機械とは言え、所詮はパイロットのバックアップなのである。そう覚悟し備えなければいけない。故障もあるし限界もあるのだ。
手が放せなければ楷書の航法はできない。やむなく我流の草書航法だ。
第一の工夫はルートの取り方にあった。なるべく線状の地形を利用して、航法を容易にすることだ。位置の線を取りやすくする。河とか線路や道路、最高は海岸線航法である。
海岸線を行く