ヘリコプター昇龍伝
垂直に飛び上がれる航空機を世の中が待ち望んでいる。それを叶える機種が出た。バラ色の夢が語られ、ヘリコプターはあたかも雲を呼び天に駆け昇がる龍に似ていた。

(2)川崎ベル47G3B−KH4

離陸するベル47G3B-KH4
ヘリコプターはベル47G-2で小さな龍になった。ライセンス生産していた川崎重工は更に飛躍できると思った。日本に適したヘリコプターを作ろう。確実なのはベル47の改造をすることだ。
ときあたかもベルは47G-3Bを発表した。高温・高高度性能を上げるため、VO-435にターボ・スーパーチャージャーを載せたものである。これを土台に日本の市場に合った改造をしよう。できたのが川崎ベル47G3B-KH4、俗称KH4である。
川崎ベル47G-2の生産数は161機、だがKH4は198機。日本だけで見れば、ベル47はKH4と言ってもいい多数派になった。日本式正統派の昇龍である。
フラットな床
川崎航空機のヘリコプター技術陣はライセンス生産にあきたらず、自分たちで設計したヘリコプターを作りたかった。だがニーズの未来予測はてんで苦手なのだ。シコルスキーS-55クラスのものを設計したいと願っていたが、盲者の蛮勇である。
当然S-55クラスの市場は無理で、手ごろなベル47の改造ということになり、1960年ベル47G-3Bを土台に47Jのキャビンを組み合わせる設計に入った。翌61年の9月には試作が開始され、62年8月2日に初飛行し量産は62年12月から行われた。
ベル47G-2が龍になれたのは農薬散布に適していたからだ。もう少し一般的な言葉で言えば多用途性に優れていたということができる。農薬散布を柱に、資材輸送とか報道取材、送電線巡視など雑多な用途に使えたことが大きい。
更に付け加えて言えば、丁度いい大きさだったことも理由として大きい。これも格好よく言えば、コスト・パフォーマンスが市場に適していたということになるだろう。S-55ではとてもこうはいかなかった。
しかし欲を言えばもう少し大きいほうが市場のニーズに向く。有効搭載量350kgではパイロットと燃料1時間半、必要なアタッチメントを装備すると有償搭載量は120kgがやっとこである。せめて200kgから250kgは欲しい。
新しく発表されたG-3Bなら有効搭載量は524kgで、有償搭載量250kgは悠々と実現できる。G-2の後継機種として生産するのにはうってつけだろう。
目に見えて違う改造がしたい。それに機能がなるほどと思わせるほど工夫されている必要がある。智慧を絞った結果47Jのキャビンを参考に、これを改造して取り付ける案に決まった。
オリジナリティという面ではいささか問題ありだが、大量に生産されたポイントはこのキャビンにあった。3人乗りが4人乗りになったという貧乏人臭い利点の向上ではなく、最大の利点はキャビンの床がフラットになって広くなったことだった。客席を取り外せば、段無しの広々とした床が現れる。

KH4のフラットな床
多用途性といっても、このクラスでは旅客輸送や遊覧といった仕事はほとんど無い。しかし右2席を外して防振台とTVカメラを装着し、報道取材はこの機種でなければならなくなった。また座席を全て取り外しドアも外せば、カーゴフックを付けても200kgくらいの有償搭載量は可能で、少量の資材輸送にも適応ができた。

資材輸送のKH4
床がフラットで広くなった利点は、農薬散布や資材輸送、送電線巡視の実用性を一挙に広げた。これらの仕事は移動することが前提になるが、ツール、部品、機体カバー、燃料補給用ロート、パイロットと整備士のボストンバッグ、その他諸々の品物を手軽にキャビンの中に詰めるようになったのだ。
G-2では機体両側にネットを張り、こまごまとした手荷物を縛り付けなければならない。G-3Bでも状況は変わらず、雨が降っていれば移動もおぼつかなかったし天気が良くてもネットを張る手間暇がかかった。
ターボ・スーパーチャージャー
ベル社はエンジン換装して47GからG-2へ発展させたが、そこで生まれた余剰馬力の意味に気が付かなかったのだろうと思う。だから高温・高高度性能を改善する方法として、スーパーチャージャーを載せたのだろう。
第2次世界大戦の航空機は作戦高度の競争であった。スーパーチャージャーの競争である。ドイツ、イギリス、日本は機械式のスーパーチャージャーで鎬を削った。終戦のときに、ドイツも日本も1段2速のスーパーチャージャーしか持てず、公称高度は6,000mが精一杯であった。イギリスは2段2速を実現し、公称高度は9,000mである。
スーパーチャージャーの争いにアメリカは、ひとり機械式を横目にターボ・スーパーチャージャーに挑戦した。技術は困難を極めたが、黙々として努力し、次第に手に入れていったのである。科学を信じ、努力をするのはこの国の建国魂なのだ。
B-17フライングフォトレス、B-24リベレーター、B-29スパーフォートレスはドイツと日本を崩壊させた機種であり、ターボ・スーパーチャージャー無くして存在しない機種である。P-38ライトニング、P-47サンダーボルトもターボ・スーパーチャージャー無くして存在しない。
高高度を悠々と飛ぶアメリカ機に、大和魂が切歯扼腕しても蟷螂の斧だった。邀撃もままならず、日本の都市という都市はターボ・スーパーチャージャーによって蹂躙され焼け野原になった。
今でこそ軽自動車にもターボ・スーパーチャージャーは載っているが、当時の日本の航空技術者に異常なコンプレックスがあったのは無理も無いことだ。川崎航空機がベル47G-3Bに飛びついたのは、昨日の記憶を考えれば納得ができる。G-3Bはあの夢のターボ・スーパーチャージャーを付けている。
空気密度は高度にしたがって薄くなる。6,000mでおおむね半分だ。エンジンの馬力は空気密度で決まるから、高高度性能を維持しようと思ったら空気を掻き込む仕掛を考えなければならない。この仕掛がスーパーチャージャーだ。
スーパーチャージャーは空気を圧縮するメカと、それを駆動するメカでできている。圧縮するメカは遠心式のインペラで、原理は空気を高速回転させ遠心力で押し縮める。問題はそれを駆動する方法だ。最も古典的なのがエンジンを動力として、歯車で増速させる方式だ。
増速が1段では最大馬力は4,000mくらいで得られるが、2速に切り替えると能力は6,000mくらいで発揮できる。更に2段にすると9,000mが可能だが、吸気は断熱圧縮されるから温度が上がってしまう。当然馬力は落ちるから、そのままではスーパーチャージの意味が無くなり冷却しなければならない。この冷却が技術的に難しい。遂に戦争が終わるまで、ドイツも日本も2段2速を実用化できなかった。
折角のエンジン馬力をスーパーチャージャーに喰われたのでは意味が無い。アメリカは排気のエネルギーで駆動することにした。排気に晒されるのがタービン。高熱高回転に耐えなければならない。生半可な金属では熔けてしまう。特殊な金属が必要だ。

KH4のターボ・スーパーチャージャー
KH4のターボ・スーパーチャージャーはデンシティ・コントローラーの後ろにキャブレターがあり空気密度にしたがって燃料を調節する。排気は油圧で作動するアクチュエーターのウエスト・ゲートで調節され、アクチュエーターとデンシティ・コントローラーは油圧でつながっていて連動する仕掛けだ。
密度高度が小さければアクチュエーターはバタフライを閉じ、多くの排気をタービンに流す。タービンは懸命にインペラを回して空気を掻き込む寸法だ。かくてエンジンは悠々と回り馬力が落ちない。


排気管とターボ・スーパーチャージャー
KH4のスーパーチャージャーは加圧31.1インチ、標準大気圧が29.92インチだから1.18インチ高くなる。高度10,000フィートで少しへこむが、16,000フィートまでおおむね31.1インチを維持する。そのようにデンシティ・コントローラーが頑張る。
メイン・ローターは空気が減って効率が落ちるが、TVO-435は頑張りKH4のIGE(地面効果内ホバリング限度)を5,517m、OGE(地面効果外ホバリング限度)を4,770mに保つ。富士山頂でも悠々とホバリングができるのだ。
過剰能力
ヘリコプター業界しばらくはKH4の高高度性能に酔った。しかし実際にヘリコプターが使われる条件は富士山頂ではない。日本アルプスも例外なのだ。
標高は2,000フィート(700m)から3,000フィート(1,000m)を考えれば仕事の95%は網羅できる。気温も初夏から初秋にかけてを網羅できれば十分である。20℃から30℃が普通で、極端な高温を考える必要はない。
ベル47G-3Bの運用限界は世界を考えている。たとえばアフリカの砂漠を考えると、50℃なんてこともあるだろう。標高が2,000フィートだったりすると密度高度は6,500フィートにもなる。こんな極端な環境にも適応するのがG-3Bであり、日本に適したKH4の土台にするにはいささか過剰性能である。
KH4のターボ・スーパーチャージャーはデリケートな装置である。油圧と微妙な調整が必要だ。僻地でろくな整備もされないまま期待に背かない働きをするには複雑であった。整備だけではなく、操縦も絶えず馬力を変えるのには神経が要る。声に出さなかったが、いささか信頼性にも難点があった。
G-3が61年、G-4は64年に生産が開始された。G-3シリーズが5機種で500機弱、G-4シリーズは2機種で550機である。メーカーの意図と、市場のニーズに差があるのを知る好例だ。メーカーは知に働いて目が見えなくなり、過剰性能を売っているが市場はそんな性能を必要とはしていない。
G-4はVO-540を積み出力は305馬力、トランスミッション制限が280馬力である。差は28馬力だ。IGEホバリング限度が2,076m、OGEホバリング限度が1,076mである。やや高度性能が足りない面があるが、我慢できない数字ではない。市場が了承した理由は十分だ。もしKH4がG-4を土台にしたら、寿命はもっと長かったろうと思う。
G-4Aの全備重量は2,900ポンド(1,318kg)、自重は1,823ポンド(829kg)、有効搭載量は1,077ポンド(490kg)である。KH4に較べて全備重量は50ポンド(23kg)増えたのに有効搭載量は60ポンド(27kg)落ちた。落ちたが整備性も信頼性も格段に向上した。複雑なTVO-435より単純なVO-540のほうが好まれたのだ。
ベル47G-4AのVO-540
エンジン出力とトランスミッション吸収馬力との間に差をつけることは、G-2から始まった。しかしそれはまぐれ当たりであったろう、本当の意味に気がつかなかった。本気で設計されたのはG-4からである。以後に設計されたヘリコプターでは差が当たり前のことになった。これも龍の条件だ。
ともかくKH4はタイミングの良さもあって、日本では龍になった。